香港と言えば飲茶。
香港の飲茶と言えば海老入り蒸餃子の「蝦餃(ハーガウ)」だ。
香港で飲茶を食べに行けば間違いなくどこにでもある最もポピュラーなメニューで、香港飲茶の王様と言われている。
だが、白い蒸気をもわんと浴びながら蒸しあがったばかりの熱い蒸籠の蓋をあけてその姿を見ると、王様というよりもプリンセスと呼ぶ方がふさわしいと感じる。
白く艶やかな半透明の皮のむこうに、うっすらピンク色の海老が透けて見える。ヒダが取られた皮はドレスのようにも見え、小ぶりでなんとも愛らしい。
このハーガウは「海老がプリップリ!」と形容され、どちらかといえば海老に注目が集まることが多いのだが、わたしが重要視しているのは中身よりもむしろその皮のほう。
浮き粉(注)と片栗粉で使られる特別の皮は、蒸すとツヤツヤの半透明になり、プルプルになる。一見柔らかそうに見えるくせに、食べるとしっかりコシがあり、弾力のあるもちもち感が楽しめる。
この食感がたまらなくうまく、そいつがプリップリの海老と一緒になると、食感のハーモニーで美味しさのパワーが倍増するのだ。
熱々のハーガウを頬張り、まずもちっとした弾力の皮の食感を歯で楽しむ。するとその下からプリッとした弾力の海老が現れ、さらにかみしめると今度は海老の旨味がじゅわっと口中に広がる。
もちっ、プリプリッ、じゅわっ!
この三段パンチにやられる。
醤油など一滴も必要ない。ただそれだけで最高に美味い。
ところが、ハズレの皮に当たると最初のパンチがこちらに届かない。
頬張って「もちっ」に出会わず「あ、あれ?」と思っていると、海老餡だけが口の中で「プリッ&じゅわっ」のパンチを効かせてくる。
いや、それなら上等だ。
ひどい皮に当たると、口の中でできの悪い皮と餡が喧嘩をし、「海老団子」と「それを邪魔するデンプン」になってしまう。
わたしがこれまでに遭遇した「ハズレの皮」はバリエーション豊かで、ただ弾力がないものから粉っぽさが口に残るもの、濡れたオブラートのようにべっとりしたもの、果てはボロボロで箸でつまむと餡がドスッと下に落っこちたものまである。
こうなると、中の海老餡だけ食べていた方が美味い。
ハーガウはその店のシェフの腕を知るのには重要な一品で、これを食べるとその店の味がわかるとも言われているが、まさにその通り。
シンプルな材料で作られたシンプルな料理なだけに、味と食感と見た目から、シェフのセンスや技術を知ることができるのだ。
あー、「もちっ、プリプリッ、じゅわっ!」の三段パンチが効いた美味いハーガオが食べたい!
「最高に美味いハーガウの皮を作れるようになれば、一生仕事に困らない」
ある香港の料理人がそんなことを言っていたが、いっそのことそれを目指して皮を自分で作るところからやってみるか?
東京の空の下、スーパーの鮮魚売り場でピチピチした海老を見ながら香港の海老蒸し餃子を思い出し、ヨダレを垂らしては転職まで思案する。
そんな秋の1日だった。
注:「浮き粉」は小麦粉を精製して小麦のたんぱく質「グルテン」を除いたもの。クセがないでんぷんで、中華料理の他に、饅頭などの和菓子の皮にも使われる。ついたお餅を分ける時にも使われ、「もちとり粉」とも呼ばれている。中華材料店でや製菓材料店で売っている。
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