生姜ミルクプリン(薑汁撞奶)にチャレンジ:後編

前編はこちら

白い粉

生姜ミルクプリンのレシピを検索していた時、英語のサイトでちらほら見かけて気になっていたモノがあった。

「white stuff」だ。

英語で「white stuff」というと「白い粉」=「コカイン」という意味もあるが、ここで言うwhite stuffはもちろん別のもの。

生姜の絞り汁をしばらく放置しておくと下に白っぽい沈殿物ができるが、その沈殿物が一部で「white stuff」(白いやつ・白い粉)と呼ばれているのだ。

生姜の絞り汁を作ったことがある人なら「ああ、あれか!」とピンとくるかもしれない。

片栗粉よりもはるかに頼りなくはかなげで、静かに下に沈むアレ。ちょっとゆすると白い渦模様を作り、スプーンで混ぜると底できしむアレである。

日本語のレシピでこの沈殿物について書いているものは無かったのに、英語のレシピを検索するとこの沈殿物を「white stuff」とか「starch(デンプン)」と呼んで、「これが重要!」と言うサイトが数多く出てくる。

中には「上澄みは半分捨てて白い粉の方を多く残せ」と指示するサイトや、「1分ほど放置してもこの白いやつが沈殿しない生姜汁はミルクを加えても固まらないから作るだけ無駄」と書いているサイトまであった。

だがこの「白い粉」が本当にミルクを固めるのに重要なのだろうか?
ここに生姜の酵素が集まっているのだろうか?

どうしても白い粉とミルクを固める酵素との関係を知りたくなってGoogle検索したわたしは、思いもよらぬ場所にたどり着いた。

ノルウェーだ。

ノルウェーの科学者と生姜ミルクプリン

Googleで「ginger milk curd enzyme」と検索したら、Wikipediaのすぐ下に表示されたのは、ノルウェーに住む有機金属化学者マルティン・レルシュ(Martin Lersch)氏が解説する生姜ミルクプリンの凝固の科学についての記事

今からちょうど6年前の2014年2月24日に、Khymosというブログで公開された記事なのだが、これがとてもわかりやすい。

生姜ミルクプリンというのは作っても失敗する人が多く(わたしもその一人)、まことしやかに語られる数多の「成功の秘訣」の俗説があるちょっと特異なスイーツだ。

食べ物と科学の関係に興味を持つレルシュ博士はその生姜ミルクプリンの裏に隠された科学にスポットライトを当て、科学に裏付けされた失敗しない作り方を探っている。

料理と科学に興味がある人には是非とも読んでいただきたい記事だが、そうでない人のためにこの記事に書かれているお役立ちポイントを抜粋しておこう。

生姜ミルクプリンを作る時に知っておくと良いお役立ちポイント

生姜ミルクプリンの凝固メカニズム
生姜に含まれる酵素(ジンギパイン)はタンパク質分解酵素の一つで、ミルクと混ぜるとミルクに含まれるタンパク質(カゼイン)を分解する。分解されてしまったタンパク質はミルクに含まれるカルシウムに助けられて再び結びつこうとする。その時に水分が押し出されてゲル化する。

生姜酵素の活性温度
生姜に含まれる酵素が最も活性化する温度は63度。但し、60度以下あるいは65度以上になると働きが急激に落ちる。

生姜酵素の寿命
生姜の酵素は室温30度のキッチンに20分間置いておくと半減する。

牛乳の温度
牛乳は65度以上に加熱するとタンパク質のゲル化力が弱まる。

これをさらにまとめると、以下の3つが「生姜ミルクプリンを作る時の掟」になる。

生姜ミルクプリンを作る時の3つの掟

その1、生姜を摺り下ろして絞ったらすぐに使うべし
その2、牛乳は65度以上に温めるべからず
その3、生姜汁と牛乳のミックスは60〜65度に保ち、生姜の酵素が頑張れる環境にするべし

レルシュ博士の記事を読むと温度がかなり重要だとわかるので、温度計なしで作ろうとしたわたしの初回の試みがいかにギャンブルだったか痛感する。

あれで成功する方がおかしく、伝説の老婆が伝説になったのも当然だ。

残念ながらレルシュ博士の記事には「白い粉」のことはほとんど記載されていないので、依然としてその謎は残ったままなのだが、とりあえず上の3つの掟さえ守ればしっかり固まる生姜ミルクプリンが作れるはず。

さすが科学の力、説得力が違う。

とりあえず、一番身近な科学である百均ショップで買ってきたデジタル温度計に「ぶつくさ文句を言ってすまなかった」と詫びを入れ、翌日の3回目の試みに備えて眠りについた。

赤い牛方式

翌日、謎の白い粉のことは一旦忘れることにして、レルシェ博士の教えに従って生姜ミルクプリンを作ってみることにした。

ただ、牛乳の温度を65度にするのは簡単だが、生姜汁と牛乳を混ぜた後に60〜65度にキープするのが難しそうだ。

その時ふと赤い牛の横顔が頭に浮かぶ。
目の下にくまがある義順牛奶公司のあの牛だ。

そういえば、牛乳と生姜汁だけで作っている義順牛奶公司の生姜ミルクプリンには「巧手薑汁燉鮮奶」という名前がついている。

「巧手」というのは前編にも書いた通り「巧みな技を持つ者」「達人」という意味の日本語にもある単語だが、その後に続く文字が一般的に生姜ミルクプリンを表す「薑汁撞奶」(生姜汁「薑汁」とミルク「奶」をぶつける「撞」)とはちと異なる。

調べてみたところ「薑汁燉鮮奶」の「燉」は湯煎して温めると言う意味らしい。つまり義順では、生姜汁(薑汁)を新鮮なミルク(鮮奶)と合わせ、それを湯煎して(燉)作っているということだ!

どうりで義順で食べる生姜ミルクプリンは熱々だったはずだ。
それに比べて昨日作ったものは生温かかった。
これはもう3回目の試みは赤い牛方式の湯煎しかない!

ということで、作り方を再考したのがこれ。

赤い牛方式の生姜ミルクプリン(薑汁燉鮮奶)

食材

  • 生姜 ひとかけ(絞り汁大さじ1分)
  • 牛乳 200cc
  • 砂糖 大さじ1
*温度計必須

手順

  1. カップがすっぽり入って蓋ができる鍋を用意し、カップの高さ7〜8分目湯煎用の湯をわかす。湯の温度が68〜70度になったら火を止めて蓋をし、使うまでそのまま放置する。湯煎をする頃には65度近くに温度が下がっているはず。
  2. 生姜の皮をこそげ落としてすりおろし、絞り汁大さじ1を作ってカップにいれる。
  3. 別の鍋に牛乳と砂糖を入れ、弱火にかけながらかき混ぜて砂糖を素早く溶かす。砂糖が溶けたら温度計で注意深く温度を計り、62度くらいになったらすぐに火から降ろす。予熱で温度がさらに数度上がるはずなので、65度以上にならないように注意する。(もし65度以上になってしまった場合、少しかき混ぜて65度になるまで冷ます。)
  4. 2のカップに3の牛乳を勢いよく注ぎ入れる。
  5. 1の鍋の蓋をとって4のカップをそっと湯の中に入れ、鍋の蓋を戻してそのまま10分放置する。(*湯煎の湯の温度は60〜65度が望ましい)
  6. 10分経過したらカップを取り出す。固まっていたら出来上がり。緩いようであればさらに5〜10分湯煎にかける。

3回目の試み

作り方を考え直したところで、昨日と全く同じ牛乳、全く同じ生姜を使って赤い牛方式で3回目の試みだ。

まずは湯煎用の湯を用意。温度が68度まで上がったら蓋をして、いつでも使えるように整えておく。

昨夜詫びを入れた百均ショップの400円デジタル温度計

次に生姜をすり下ろして絞り汁をカップに入れる。

小鍋にミルクと砂糖を入れて火にかけ、砂糖を溶かしつつ温度が65度近くになるまで温める。

63度で火を止めたが、予熱ですぐに65度まで上がった

65度のミルクを生姜汁のカップに勢いよく注ぎ入れ、カップを静かに湯煎用の鍋の中に入れて蓋をする。

そして待つこと10分。

出来上がったのがこちらだ。

昨日のどっちつかずのヨーグルトのような固まり方とは打って変わった立派な生姜ミルクプリンの出来上がり!

凝固する時に押し出された水分がスプーンの窪みに集まり始めるが、スプーンは決して沈まない。

大胆に一番固まりにくいはず(想像)の真ん中をすくってみた。

パクッと食べてみたところ、温度も赤い牛の視線を感じる熱さで大満足。

こうして赤い牛方式で挑んだ3回目の試みは大成功のうちに終了した。以来、何度も赤い牛方式で作っているが、嬉しいことに成功率は100%。最初の2度の無残な失敗が嘘のようだ。

残された「白い粉」の謎

生姜ミルクプリンを百発百中で作れるようになったのは良いが、どうしても気になる「白い粉」の謎は残ったままだ。

暇さえあればインターネットで生姜の酵素について調べてみるものの、酵素と「白い粉」の関係についての情報が出てこない。

もうこうなったら自分で実験して確かめるしか方法はないか?

なーに、生姜汁を上澄みと沈殿物に分けて同じ条件でプリンを作り、仕上がりを見れば良いのだ。そうすれば「白い粉」の謎が解明出来るかもしれない。

ということで、早速台所でプチ実験。

生姜汁を上澄み(左下)と沈殿物(右上)に分け、同じカップにきっかり同量入れる。(上はそれぞれ小さじ1)

温めたミルクもきっかり半分、100ccずつ入れて、赤いミルク方式で同じ鍋で同時に湯煎する。

上澄みだけを使ったプリン(左下)とほぼ沈殿物だけ使ったプリン(右上)

結果は、鍋の蓋を外した瞬間から一目瞭然。

上澄みの生姜汁だけを使った方(左)は水分が出ていないが、沈殿物を使った方(右)はゲル化の証である水分がしっかり出ている。

スプーンを乗せてみると……

上澄みだけを使ったプリンはスプーンの重みを支えるのを一切拒否。スプーンの背は瞬く間にカップの底に当たってしまった。

前編の「2回目の試み」よりも出来が悪い。

一方、「白い粉」こと沈殿物を使った方は、この通り。

弾力のあるプリンの表面がしっかりとスプーンを支えている。

味はどちらも変わりがない。少なくともわたしの舌は味の違いを感じない。

たった1度の実験で断言するのは科学的ではないが、どうやら英語サイトでささやかれている「白い粉」の噂は本当だったようだ。

てことで、生姜ミルクプリンを作る時の掟を以下に訂正しておく。

新・生姜ミルクプリンを作る時の4つの掟

その1、生姜を摺り下ろして絞ったらすぐに使うべし
その2、生姜汁の沈殿物、通称「白い粉」にプリン凝固の秘密あり! 「白い粉」は残さず全て使うべし
その3、牛乳は65度以上に温めるべからず
その4、生姜汁と牛乳のミックスは60〜65度に保ち、生姜の酵素が頑張れる環境にするべし

結局のところ、目の下にくまのある赤い牛は、すでに「white stuff」をキメていたのかもしれない。

Information

牛乳
牛乳はメーカーによって含まれるタンパク質の量やカルシウムの量、乳脂肪量が違うのか、同じ生姜を使っても柔らかく出来上がることがある。
参考までに、
・無脂乳固形分8.5%以上
・乳脂肪分3.7%以上
・130度で2秒間殺菌
・200ml当たりのタンパク質6.8g、脂質8.0g、カルシウム230mgの成分無調整牛乳
で問題なく固まった。(牛乳パック記載の栄養成分表示参照)
レルシュ博士の記事によれば牛乳は65度以上でタンパク質のゲル化力が下がるのだから、低温殺菌の牛乳を使う方が良いのかもしれない。

生姜
生姜は、品種あるいは若さによって固まり方に結構な差が出る。
わたしが使ってみたのは高知産のぷっくり太った生姜と、沖縄産の細身で皮も厚めの生姜。

この2つの生姜を比べると、高知産の生姜は皮が薄くて辛みもマイルド、沖縄産の生姜は皮が厚めで辛みが強かった。(ちなみに、香港で一般的に売られている生姜は、沖縄産の生姜に近いように思う。ついでに言うなら、NYやLAでも日系スーパー以外で売られている生姜は上の沖縄産の生姜に近い。)
沖縄産の生姜を使った時の方が明らかにしっかり固まったが、これは生姜の品種の違いからくるのか、それとも生姜の「若さ」の違いから来るのかは残念ながら不明だ。(上の高知産の生姜は大生姜で多分「若い」もの、沖縄産の生姜はおそらく三州生姜で多分「古い」と思われる。)
生姜ミルクプリンに適しているのは、上で言うと沖縄産のほうになる。
生姜はもともと収穫後に貯蔵している間に辛みが増すと言われているので、「古い」生姜の方が酵素が多くなるのかもしれないが、わたしには調べられないので不明。

高知産・沖縄産の表記は今回使った生姜を便宜上区別するために用いてます。産地より品種と「若さ」が重要なはず。

Sooim KIM 

面白い映画、演劇、ドラマを求めてあちこちをさまよいつつ、美味しいものを食べ、好奇心にまかせていろいろ作る。

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