生姜ミルクプリン(薑汁撞奶)にチャレンジ:前編

香港に住んでいた頃、生姜ミルクプリンをよく食べた。

私の行きつけはマカオに本店がある老舗、「義順牛奶公司」(Yee Shun Milk Company)。香港にはあちこちに支店がある。

義順牛奶公司(Yee Shun Milk Company)の看板
白地に赤の牛(水牛?)のマークが目印

ここの看板メニューは牛乳の膜が2枚張った「馳名雙皮燉奶」(雙皮=ションペイは皮が2枚のこと)というミルクプリンなのだが、わたしの好物はこの看板メニューではなく、生姜の風味が美味しい「巧手薑汁燉鮮奶」のほう。

いわゆる生姜ミルクプリンである。

生姜ミルクプリンは牛乳のタンパク質を生姜の酵素で固めた伝統的な広東スイーツだ。

なんでも、風邪をひいたある老婆が薬として生姜を煎じて飲もうとしたところ、そのままでは辛くて飲めないので温めて甘味をつけた水牛のミルクと混ぜたら固まってプリンになってしまった、という伝説があるらしく、それが生姜ミルクプリンのはじまりだと言われている。

伝統的には牛乳と生姜汁と糖だけで作るのだが、現在は卵白で固めている店も多いらしい。

そんな中、義順牛奶公司では牛乳と生姜汁だけで固めるプリンを作り続けていて、そのレシピは企業秘密だそうだ。

企業秘密のレシピで作られるその義順の生姜ミルクプリンは、優しく甘いミルクの中に生姜の香りと辛みが効いていてとても美味い。

わたしは特に温かいのが大好きで、この牛の看板を見た途端、店の中に吸い寄せられてしまう。そして夏であろうと冬であろうと熱々の生姜ミルクプリンを注文してしまうのだ。

だが2年前に香港から東京に引越ししてからと言うもの、この赤い牛と目が合うこともなくなり、店に吸い寄せられることもなくなってしまった。

そんなある日、パソコンの中の写真を整理していた時、義順牛奶公司の雙皮燉奶の写真が予想もしないフォルダから突然姿を表した。

義順牛奶公司の看板メニュー、雙皮燉奶(皮2枚の牛乳プリン)
義順牛奶公司の看板メニュー、雙皮燉奶

おそらく、フォルダに移動する時に操作を間違ってしまったのだろう。久しぶりに見た赤い牛の姿にパブロフの犬のようになったわたしは、もう生姜ミルクプリンのことしか考えられなくなってしまったのだ。

こうなったからには、自分で作って食べるしかない。写真の整理はうっちゃって、インターネットでレシピを検索し始める。

すると、一般的には「薑汁撞奶」という名前で知られている生姜ミルクプリンは、やはり牛乳と生姜と砂糖だけで作れるとわかった。

いくつものレシピをチェックしたところ、材料と作り方はこんな感じ。

生姜ミルクプリン(薑汁撞奶)

食材

  • 生姜 ひとかけ(絞り汁大さじ1分)
  • 牛乳 200cc
  • 砂糖 大さじ1

手順

  1. 生姜の皮をこそげ落としてすりおろし、絞り汁大さじ1を作ってカップにいれる。
  2. 牛乳を70度に温め、砂糖を溶かす。
  3. 1のカップに2の温かい牛乳を勢いよく注ぎ入れ、皿などで蓋をして5〜10分放置する。固まったら出来上がり。

「薑汁撞奶」と言うのは生姜の絞り汁(薑汁)をミルク(奶)にぶつける(撞)と言う意味で、温めた牛乳を勢いよく生姜汁に注ぐことによって混ぜ合わせるところからついた名前らしい。

「なるほど、これなら今すぐ作って食べられる!」

ウキウキしながら早速作り始めたわたしは、その後、自分の甘さを思い知ることになる。

最初の試み

久しぶりの生姜ミルクプリンを夢見ながら、まずは材料を取り出す。

もちろん、生姜と牛乳と砂糖だ。

生姜にもよるが、生姜汁大さじ1をとるにはだいたいピンポン球くらいの大きさの生姜片が必要になる。

生姜の皮を包丁でこそげ落とし、おろし金で摺り下ろしたものを茶漉しに入れる。それをカップの上でギュウギュウと搾る。

搾かすはカレーなど別の料理に使えるので捨てずに冷凍

次は牛乳を70度に温めなくてはならないのだが、あいにくうちには温度計がない。電子レンジの温度設定機能を使って70度にすることも考えたが、うちの電子レンジは全く頼りにならない。コーヒーですら80度に設定しようが70度に設定しようがグラグラ煮立ってしまうので、噴きこぼれがちな牛乳を電子レンジで温めるのは論外だ。

なーに、伝説の老婆だって温度計なんか持っていなかったはず。温度は勘に頼ることにして、老婆がしたと思われる方法、すなわち鍋で牛乳を温めることにした。

老婆はガスコンロなど使わなかったことはしれっと無視して、鍋に牛乳を入れてガスコンロの火にかける。
鍋肌に小さな泡が出始めたところで火を止め、すぐに火から下ろす。
そこに砂糖をいれてかき混ぜながら溶かし、ついでに牛乳も少し冷ます。
砂糖が溶けたら甘さと温度チェックの味見をする。

熱いけど飲めなくもない温度に「まあこんなもんだろう」と納得したところで、鍋の牛乳をカップの中の生姜汁に勢いよく注ぎ入れ、すぐさま皿で蓋をする。

そして待つこと10分。

蓋をとって現れたのは、久しぶりに見る念願の生姜ミルクプリン!

ではなく、温かい生姜ミルクだった。

なんと全く固まっていない。牛乳よりも少しとろみがついているものの、プリンからはほど遠い。むしろポタージュだ。

絵に描いたような大失敗である。

失敗の原因はやはり牛乳の温度か?

どのレシピも「牛乳を70度に温める」としっかり温度指定しているのに、いい加減に「多分70度くらい」でやってしまったから失敗したのか?

ということは、伝説の老婆は、生姜汁に偶然70度の牛乳をぶつけたのか?

そんなことを考えながら生温かい生姜ミルクのポタージュを飲み干したわたしは(これはこれで美味い)、カップをテーブルに置いたその手で財布を引っ掴み、家を飛び出した。

温度計を買うために一番近い百均ショップへと走ったのだ。

2回目の試み

家から歩いて行ける百均ショップにはあいにく100円の水銀温度計が無かった。そう言えば街はバレンタインの時期。手作りチョコレートを作るのに安い温度計を買う人が多かったのか、売り切れてしまって在庫無し。

仕方なく400円のデジタル温度計を買ったわたしは、「4倍もした」とぶつくさ文句を言いながら家に帰り、早速生姜ミルクプリンに再挑戦することにした。

今度はデジタル温度計を使って牛乳を正確に70度に温め、カップの中の生姜汁に勢いよくぶつける。

すぐさま皿で蓋をして、待つこと10分。

10分後に皿をとって中を見ると、さっきの生姜ミルクとは明らかに様子が違う。

恐る恐るスプーンをおいてみると……

一応固まっている。

ただ柔らかすぎてプリンはスプーンの重さに耐えきれず、スプーンをゆっくりと飲み込み始めた。

ズンズン沈んでいくスプーンを救助してプリンをすくってみると、やはりかなり緩い。液体ではないが、固体でもない。どっちつかずのヨーグルトというか、潰した絹豆腐というか、出汁と卵の比率を間違った出来損ないの茶碗蒸しのようだ。

上に「卵白で固めている店も多い」と書いたが、なるほどそれも納得で、牛乳と生姜だけで固めるには技が必要なようだ。

どうりで義順牛奶公司が自分のところの生姜ミルクプリンの名前に達人を意味する「巧手」の文字を冠しているわけだ。

「材料は全部あるから今すぐ作れる!」と作ってみたものの、どうやら一筋縄では行かないらしい。

だが、こうなったら乗り掛かった船。どうすればしっかり固まる生姜ミルクプリンが作れるのか、じっくり調べてみることにした。

後編につづく

Sooim KIM 

面白い映画、演劇、ドラマを求めてあちこちをさまよいつつ、美味しいものを食べ、好奇心にまかせていろいろ作る。

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