クリームコロンの思い出

つい、新型コロナウイルス関連のニュースが気になってそればかりを追いかけてしまうので、「いやいやそれは精神衛生上よくないぞ」と頭から「コロナ」の文字を追い出そうとした。

すると、かわりに入ってきたのがこれ。

グリコのクリームコロンである。

「コロナ」の「ナ」が「ン」になって「クリームコロン」を連想したという、我ながらアメーバーのように単純な思考回路だが、これも江崎グリコのクリームコロンに甘くて苦い思い出があるからだろう。

1970年頃に発売されたクリームコロンは、くるくると丸められた円筒形ワッフルの中にバニラ風味のクリームがぎゅっと詰まった一口サイズのお菓子だ。ぽんと口に放り込んで噛むと、乾いたワッフルとクリームがザクザクッと混ざり合い、口の中が甘いバニラ王国になる。

今では空色の丸みをおびた箱に入って売られているが、わたしの記憶の中にあるクリームコロンは黄色に赤い帯が配された四角い箱に入っていて、箱の隅っこでチロル風衣装を着た少女が踊っている昭和なパッケージのもの。

今から思えば贅沢な話だが、子どもの頃のおやつといえば、洋食店を営む親が客の流れの合間に作ってくれる大学芋や揚げパン、プリンが常で、市販のお菓子を食べることはあんまりなかった。

そのせいか、市販のお菓子がおやつに登場すると、母親が作る揚げたての大学芋よりも何倍も美味しいと感じたもんだ。(ごめんよ、オカン。)

中でもわたしが好きだったのがグリコのクリームコロン。

5人の子持ちのうちの親は、いつも「なんでも仲良く分けて食べなさい」と言っていたので、おやつに出されたクリームコロンも子どもたちは当然等分にわけて食べる。つまり、一度に食べられるクリームコロンはせいぜい6、7個と決まっていて、自分の取り分を食べるときは自然と慎重になる。

取り分が確定したら、まず最初にするべきことはコロンの吟味と仕分けである。

真ん中が凹んだり割れたりしていないか、ワッフル部分に欠けがないか、形がきれいに整っているかをしっかりチェックし、3つのグループに分ける。

食べ方はグループごとに決まっていて、凹んでいるものや割れているコロンはそのまま口に放り込んでぱくりと食べる。一番平凡な食べ方だ。

それを食べ終わると、次はワッフル部分に欠けがあるものに手を出す。巻かれたワッフルの欠けている部分からペリ、ペリと少しずつ剥がし、ワッフルだけを食べて円筒形のクリームはそのまま残すのだ。

それが終わるとお次は綺麗な形のコロンの番。完璧な形のワッフルをそっと左手でつまみ、コロンの真ん中に右の人差し指を突っ込む。すると反対側からニョロっとクリームが押し出されるので、そのクリームをすかさず食べ、ワッフルを空洞の筒型にする。

ここまできたらフィナーレだ。空洞にしたワッフルを指抜きのように指先にはめる。そしてその指で先ほどの円筒形クリームをつまんで指抜きごとぱくりと食べるのである。

なんとも子どもっぽい非衛生的な食べ方だが、当時は少しでも長く楽しめるようにこうやって味わった。

だが、いかんせん食べられるのはせいぜい7つ。
どんなに凝った食べ方をしてもあっという間に無くなってしまう。

最後の「指抜き」の儀式を終えた後には必ず「あー、一人で一箱全部食べられたらどんなに素晴らしいだろう!」と夢見ることになる。

そんな夢見る日が続いたある日、わたしはついに大胆な行動に出ることにした。親はもちろん、姉妹弟にも内緒でクリームコロンを買い食いをすることにしたのである。

決行するのは洋食屋の定休日。親が仕入れか何かで留守をしている間で、なお且つ姉妹弟たちが仲良く家の中で遊んでいる時を狙う。

決行日当日、姉妹弟が夢中でボードゲームをしている合間に、まず自分の貯金箱からそっと130円を取り出す。

4枚の硬貨が音を立てないようにぎゅっと握り締め、姉妹弟の横をすり抜けて家を抜け出す。

面倒見の良い姉とは異なり、幼い弟や妹と遊ぶのを好まなかったわたしは、一人で外に遊びに出かけることが多かった。そのおかげでわたしが一人で外出しても姉妹弟の誰一人として気にしない。

普段は10円のガムやチョコレート菓子ばかり買っている近所の駄菓子屋に走り、まるで清水の舞台から飛び降りるような気持ちで(と言っても当時はそんな言い回しは知らなかったので、せいぜい階段3段分飛び降りるような気持ちで)クリームコロンの黄色い箱を手にとって、お店のおばちゃんに体温で温かくなった130円を渡した。

後ろめたさから、店から出るや否や黄色い箱をシャツの中に入れて隠す。その方が余計に怪しく、却って目立つことなど子どもの頭には思い浮かばない。

ぽこんと四角く盛り上がったお腹で帰路につき、姉妹弟たちがボードゲームをやめて外に遊びに出ていませんように、親がまだ帰ってきてませんようにと願いながら、定休日で誰もいない洋食屋の中に忍び込んだ。

薄暗い店の中のカウンターにクリームコロンの箱を置き、スツールによじ登る。そしてドキドキしながら黄色い箱を開ける。

中身を全てカウンターの上に広げた時、「これを一人で全部食べられるんだ!」という喜びで胸がいっぱいになった。

店の上階にある部屋で遊んでいる姉妹弟たちに1つも分けずに自分1人で美味しいものを食べることにチクチクと罪悪感を感じながらも、一つ、そしてまた一つとクリームコロンを口に運ぶ。

いつものように3種類に仕分けしている暇も、ワッフルを剥がす暇も、指でクリームを押し出す暇もない。ただひたすらむしゃむしゃと食べる。「なんて美味しいんだろう!」と思いながら。

すると、おそらく半分くらい食べ終わった頃だろうか。なんだかお腹が膨れてきて、予想外にも「もういらない」という気持ちになってきた。

そんなはずはない。あんなに美味しいクリームコロンなのだから、永遠に食べ続けることができるはずだ。

ところが、3分の2ほど食べ終わると、今度は少し気持ち悪くなってきた。

今から思うと食べ過ぎの症状だったのだが、子どもだった私にはお菓子を食べ過ぎるなんてことはあり得ない話だった。

しかも、そこで止めるわけにはいかない。食べかけのクリームコロンが見つかったら親に大目玉をくらうだろうし、今になって姉妹弟に分けるわけにもいかないのだから。

残りの3分の1を一所懸命に食べ終え、お腹がいっぱいで気持ち悪くなりながらも空き箱を捨てて証拠隠滅する。

そして何食わぬ顔をして二階の姉妹弟のところに戻ったのである。

ところが、その後に惨事が待っていた。

腹痛だ。

もともと胃腸が弱かったわたしは、クリームコロンの食べ過ぎで気持ち悪くなっただけでなく、腹痛までおこしてしまったのである。

面倒見の良い姉は、お腹が痛いと青い顔で泣くわたしに水を持ってきたりお腹をさすったりして介抱してくれる。弟や妹も「どうしたんだろう?」と心配顔だ。

だが、腹痛の原因がクリームコロンを一人で食べたからだとは口が裂けても言えない。

痛みにうんうんうなっていたわたしは、ふと母親の言葉を思い出した。

「なんでも皆で仲良くわけて食べなさい」

そうか、そういうことだったのか!
仲良くわけて食べなかったから、気持ちが悪くなってお腹が痛くなったのか!

その昔、クリームコロンのおかげで身をもって学習した、人と分けて食べることの大切さ。それを思い出してつい懐かしさが込み上げ、買い物に出たついでに不要不急のクリームコロンを一箱買ってきた。

「お。クリームコロン。懐かしいねー」

そう言う相棒に「これは誰かと分けて食べなあかんお菓子やねん」と言いながら、中袋から3粒を取り出して手渡す。

そして人と分けたからお腹は痛くならないはずだとほくそ笑みながら、残りは一人で食べてしまった。

Photo by Sooim Kim

Sooim KIM 

面白い映画、演劇、ドラマを求めてあちこちをさまよいつつ、美味しいものを食べ、好奇心にまかせていろいろ作る。

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