ある朝、のそのそと寝床から這い出して台所に行くと、カウンターの上にIKEAの白い大皿が乗っていた。
他の食器は綺麗に片付いているのになぜかこの皿だけがドンとある。
「ん?」と思って皿を見ると、端が小さく欠けていてそのかけらが皿の上にちょこんと置いてある。

どうやら早起きして食器を片付けていた相棒がまたしてもやらかしたらしい。
それまでは皿を割るたびに申し訳なさそうな顔をして事故の状況説明をしていた相棒だったが、私が金継ぎをせっせとやるようになった今では事故の説明スタイルがすっかり変わってしまった。
まるで猫が獲った獲物をご主人様にそっと進呈するように、割れた皿や欠けた器を目立つところにそっと置いて私に進呈するようになったのだ。
その割れた皿や欠けた器には「これでどうぞ次なる金継ぎを心ゆくまでお楽しみくださいませ」という見えない文が書き添えられているようだ。
このIKEAの大皿もそんな見えない文を添えて進呈されたものの一つだった。
「またか」と思いながら指でかけらをつまんで欠けた部分に乗せてみる。
周囲に凹みは残るものの、かけらは元あった場所にぴたりとおさまる。どうやら今回の欠けは簡単に直せそうだ。
タイミングもちょうどよく、京都から取り寄せたガラス用の漆が届いたばかり。本命の深川製磁の急須の蓋に使う前にこの大皿で使い勝手を試してみることにした。
ガラス用の漆は本漆に10%ほど合成樹脂を加えた漆だ。表面がツルツルしていて漆の食いつきが悪いガラス用に開発されたもので、従来の漆より接着力がはるかに高い。
漆は乾くまでにかなりの日数が必要なため、小麦グルテンや米のデンプンを利用した「糊」を漆に混ぜ込んで初期接着力を補うのが通常のやり方だが、ガラス用の漆はそのまま接着剤のようにも使えるという。
なので今回は小麦を練って漆に混ぜるのはやめにして、ガラス用の漆だけで接着することにした。
ガラス用漆の接着実験である。
と言ってもやり方は簡単。かけらと本体の両方にガラス用の漆を薄く塗り、かけらを本体に乗せて接着するだけ。
それをそのまま湿らしたクッキングペーパーを敷いた段ボール箱の中に入れて数日放置して乾かす。
数日後、おそるおそる乗せたかけらを爪楊枝でつついてみるが、ずれないし、動かない。はみ出ているガラス用の漆も硬くなっている。
どうやらくっついているようだ。

よし。これは使えるぞ。
てことで、この皿はガラス用の漆が完全に乾くまで3週間そのまま放置する。しっかり放置することによってガラス用漆がその力を発揮し、水に1ヶ月間つけっぱなしにしても漆が剥がれなくなるらしい。
3週間経ったらあとは欠けの金継ぎ工程と同じ。漆がはみ出てしまった部分をちょいちょいと削り、凹みがある部分には漆と砥の粉を混ぜたペーストの「錆漆」で埋める。
それを乾かしては研ぎ、また埋め、乾かして研ぐを繰り返して表面をなるべく平らにする。
納得がいくところまで綺麗に平らになったら漆の下塗りをして乾かし、研ぎ、中塗りをし、研ぎ、いよいよ仕上げに取り掛かる。
今回のIKEAの大皿はいわばガラス用漆の実験と練習なのでちょっと適当。
他の金継ぎをやるついでに弁柄漆で下塗りと中塗りをし、表面を研いでから黒い漆を塗って錫を蒔き、磨かずに仕上げた。

なかなか満足のいく出来栄えで、ガラス用の漆の使い勝手にも大満足。

だが悲しいことに、このIKEAの大皿は金継ぎが完了した数日後、皿を欠けさせた張本人の手によって電子レンジの刑に処せられることになったのである。
なーむー。
上手にできるものですねぇ~!!
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ありがとうございます。時間さえかければ綺麗にできるということがわかってきました。
あとは我が家のデストロイヤーが電子レンジにかけないことを願うばかりです^^
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気長に時間を費やして、もともとのデザインかのように仕上げていらっしゃるのが本当に素敵です!!
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ありがとうございます。そんなふうに言っていただけるなんてとても嬉しいです。
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