日本では名月を眺めながら団子を食べる日の中秋は、韓国では秋夕（チュソク、추석）と呼ばれる祭日だ。旧暦8月15日を挟んで３日間が休みになり、墓参りをしたり、ご先祖さまを祀って祭祀（チェサ）をする。

日本生まれ、日本育ちの私も、子どもの頃は知らず知らずのうちにこのチュソクを祝っていた。

毎年9月の半ばごろに親戚一同が祖父母の家に集まり、色とりどりのご馳走をご先祖さまにお供えして韓国式の法事をする謎の日があったのだが、今から思えばその日がまさにチュソクだったのだ。

祖父母の家で法事があるというのは、子どもだった私にとっては洋食屋を営む我が家では絶対に食べられない韓国料理のご馳走を食べられる特別な日で、その日は学校が終わって祖父母の家に行くときまって台所に入り浸りになったもんだ。

台所の床にはところ狭しと大小さまざまな鍋やボウルが並んでいる。蓋として使われていた皿を一つ一つとって中を見ると、いろんな野菜のナムルがあらわれたり、スルメのコチュジャン和えがあらわれたり、形よく裂かれた美味しそうな牛ヒレ肉のニンニク醤油煮があらわれる。大鍋の蓋を取ると、おそらく昨日から煮込まれていたにちがいない濁ったスープに自分の顔がぼやけて映る。ガス台の前では祖母や叔母がニラのベタ焼きやら、白身魚やエビ、椎茸などのジョンを焼き、できあがったものから次々と大きなザルの上に広げられていく。

これは何だろう？と片っ端から皿を取って中をのぞいていると、少しは手伝いなさいと空いたお茶の缶に入れた炒りたての胡麻とすりこぎ棒を渡された。胡麻をトントンと突きつつ、大人の目を盗みながら出来上がった食べ物の端っこをこっそりつまみ食いしていると、祖母は食いしん坊の私にいつも一切れのパッシルトッ（팥시루떡）を渡してくれた。

パッシルトッはうるち米の粉にほんのちょっぴり塩と水を加えて湿らせ、茹でて潰した小豆を上下にまぶして蒸しあげた、お祝いの時に食べる韓国の伝統的な蒸し餅だ。

パッ（팥）は小豆、シル（시루）は蒸すときに使う素焼きの器、トッ（あるいはトク、떡）は餅を意味する。日本では少し訛って「シリット」と呼ばれることもあり、うちの祖母もそう呼んでいた。

鬼神が小豆の赤を恐れるので厄払いになると言われていて、祖母は祝い事や法事の時には必ずこれを蒸していた。

一見日本のおはぎのように見えるせいで甘いものだと思いがちだが、パッシルトッは甘くない。どちらかといえば塩味で、その塩気が小豆と米本来の甘味を引き立てて噛むほどにほんのり甘みを感じる。

今では砂糖を加えて甘味をつけたものが一般的だが、祖母が作るのはいつも砂糖が入らない甘くないシリットだった。米粉も今は粘りが出るように餅米粉を混ぜるが、祖母は米粉だけで作っていたように思う。

広げた米粉にパッパッと塩水をかけ、米粉を両の手のひらで挟んですり揉みしながら水分を含んでダマになった粉をほぐしていく。時々ぎゅっと握って湿り気がちょうど良いかを見ながら、またパッパッと塩水をかけ、さらにすり揉む。祖母の肉厚の手からは米粉がパラパラとこぼれ落ちる。

「これでよし」という状態になったら、祖母は蒸し器の上段にサラシ木綿を敷き、そこに茹でて潰しておいた小豆を敷き詰め、上から揉み混ぜた米粉をざざーっと入れて表面を平らにした。そしてその上からさらに潰した小豆を敷き詰める。それを蒸気の上がる蒸し器でじっくり蒸すのだ。

蒸し器の蓋は蒸気が漏れないようサラシ木綿でくるまれ、余った布が蓋の取っ手の上で結ばれる。

祖母はどれくらい蒸していたのだろう？ 蒸し上がるのをひたすら待っていた私にはずいぶん長時間に思えたもんだ。

蒸し器の蓋がようやく取られると、中に閉じ込められていた蒸気が一気に台所の天井までもわっと上がる。サラシ木綿ごと取り出されたシリットはさっきまでパラパラした小豆の粉と米の粉だったのに、一つの大きな餅になっていた。

お供え用は綺麗にカットされて皿に盛られ、いびつな形になった端っこは台所の板の間に座って炒り胡麻をトントンと叩いている私や従姉妹たちのおやつになる。

８年ぶりに満月となった今年の中秋は、久しぶりにそんな子どもの頃を思い出したのでシリットを蒸してみた。

鍋いっぱいに丸い、満月のようなシリットを。