割れたり欠けたりした陶磁器をちょこちょこ直し続けてなんとなく自信もついてきた頃、妹が「お気に入りのお皿が割れてしまったんだけど、金継ぎで直せる?」と大きな包みを持ってやってきた。
バブルラップでぐるぐる巻きにされた包みを開けると、大きく4つに割れた黒いディナープレートが現れた。

なんでも作陶家の吉田直嗣氏の皿だそうで、割れているのに美しい。
吸い込まれるような黒には半マットな光沢があり、釉薬部分が剥がれたところはグレーの地色がのぞいている。小さめのかけらは矢尻にできそうなくらい硬くて鋭くとんがっている。
作家ものの皿を直すのは初めてでかなりドキドキするが、「ダメ元でやってくれればいい」ということだったのでほっと安心してとりあえず預かった。
まずは状態の確認から始める。大きな4つのピースがどんなふうにくっつくか、どこにどんな隙間ができるかを見るため、マスキングテープで仮止めしてみる。

ピタリとはまる。くっつけるのは難なくできそうな予感がする。
仕上げは金でというリクエストをもらっているが、釉薬部分が剥がれた薄グレーの地肌を見ていると、銀や錫で仕上げても渋くて格好良く仕上がりそうだ。
包みの中には細かいかけらもいっぱい入っていたが、流石にこれを漆でくっつけるのは大変そうで、ちと悩む。
小さなかけらの一部は剥き出しのグレーの表面にそっと乗せればハマるものもあるが、自然に生まれた模様をそのまま金や銀で埋めた方がむしろ似合うような気がして、今回は小さなかけらは使わないことにした。
方針が決まったところで、早速くっつける前の下準備に取り掛かる。
割れた部分の角をダイヤモンドヤスリでそっと削り、漆で作った「糊」の麦漆が乗りやすくするのだ。
それをもう一度裏からマスキングテープ留めしてどんな感じか見てみる。

角をとったので割れたラインがわかりやすくなった。
うん、やっぱりこのグレーの部分が全てゴールドかシルバーのラインになれば美しそうだ。気持ちはゴールド仕上げからじわじわとシルバーのほうに傾きつつあるが、時間はまだまだたっぷりあるのでそれは後日決断することにして、まずはこの4つのピースを麦漆でくっつける。
麦漆は小麦を水で練ってグルテンを引き出した団子にし、そこに生漆を混ぜ込んだものだ。漆は自然の接着剤だが、乾いてその接着力を発揮するまでにとても時間がかかる。小さいカケラをちょこんと乗せてくっつけるだけならば、室温や湿度の環境さえ整っていれば漆だけでもくっつくかもしれないが、割れた皿のような接着面が小さい割にブツが重いものには初期接着力が必要だ。そこで小麦糊の力を借りるというわけだ。(多分)
てことで、麦漆を作る。まずは小麦粉と水を同量用意し、よく混ぜて練り、耳たぶくらいの固さの団子にする。
そこに生漆を同量、少しずつ混ぜ込んで粘り気を出していく。
これで麦漆の完成だ。これを下処理した接着面(同量のテレピン油で薄めた生漆をうっすら塗り、ティッシュペーパーでよく拭き取っておいた接着面)にうっすら均等に塗り、しばらく放置する。
だいたい小1時間くらい放置したところでピースを順番にくっつけていく。一つずつ断面を合わせるたびに力をグッと入れ、乾かしている間にずれてしまわないようにマスキングテープでしっかりと仮止めする。
それを用意しておいた「お立ち台」(食品用スチロールトレイの深めのものをひっくり返し、細いスリットをいれたもの)の上に立てる。このとき皿自体の重みで断面が圧着されるように立て方にも注意し、皿が倒れたり動いたりしないように使えなくなったプラスチック容器を駆使して段ボール箱の中に固定する。

このまま完全に乾くまでだいたい2〜3週間放置するのだが、2日ほど経ったところでズレがないか、麦漆がちゃんと乾き始めているかチェックするのも忘れない。
3週間経って完全に乾いたら、はみ出ている麦漆を削って表面を整える。
しっかりくっついているが、凹みはけっこうある。特に小さなカケラをはめるのをやめた表側の三角形の部分と裏側の三角形の部分が深いので、そこは錆漆を少しずつ埋めては乾かし、埋めては乾かす必要がある。
錆漆は砥粉と水を混ぜて練ったものに生漆を混ぜたペーストだ。キメが細かいタイルの目地材のようなもんで、凹みはこれで埋めて乾かし、炭で研ぐと滑らかな仕上がりになるのだ。
時間がかかるが、気長に少し埋めては乾かし、研ぎ、また少し埋めては乾かし、研ぐを繰り返す。特に凹みが深いところは高さが揃うまで他よりも何倍も回数を重ねて埋めていく。
表面が全て同じ高さになったところで、最後にもう一度、皿の釉薬を傷つけないように炭で錆漆の表面を研いで滑らかにする。
研ぎに納得がいったら今度は漆で下塗りと中塗りにとりかかる。


ここまでできたらあとは仕上げだけ。
金で仕上げて欲しいというリクエストをもらっていたものの、この皿は派手さを抑えて渋く仕上げた方がしっくりするような気がしてならない。そこで控えめな光沢のシャンパンゴールドになる錫で仕上げることを提案してみた。
妹もその方がカッコよくなりそうだと二つ返事でOKしてくれたので、早速仕上げにとりかかる。
金属粉を蒔く時は下に塗る漆の色で微妙に色味が変わるのだが、なるべく渋く仕上げたかったので、黒呂色漆を塗ってその上から錫を撒くことにした。
ただ心配なのは黒い皿に黒い漆で綺麗な線が引けるかということだ。
ドキドキしながら中塗りの赤い漆のラインを頼りに筆を進めていくのだが、やはりどこを塗っているかあまり見えない。赤い漆の時はすーっと細いラインを引けたのに、どうも思ったようには線が引けない。
やばい。
でも一度始めてしまったからには後には引けず、そのまま最後まで赤線を黒線でなぞっていく。
そしていよいよ錫粉の登場だ。
黒呂色漆で描いたラインのそばに錫粉をとんとんと落とし、乾きかけの漆に粉をくっつけるようにすると、自分が引いたラインがシャンパンゴールド色になって現れた。
余った粉を乾いた筆でそーっとはらいながら見ていくと、思ったほど悪くない。

もう少し細いラインに仕上げられたらきっともっと美しかっただろうが、我ながらまずまずの仕上がりだ。


錫の艶消しの光沢が皿の半マットな光沢にマッチし、錫のラインは光の加減でシルバーに見えたりゴールドに見えたりして表情を変える。
うん、やっぱり錫にして正解だった。
このまま2週間ほどしっかり漆を乾かした後、完成品を妹に「納品」した。
お気に入りの皿が化粧直しをして戻ってきたのを見て、妹もとても喜んでくれた。

Top Photo by Yoko Kadokawa