初めて食べた上海蟹の味

上海蟹はとてつもなく美味いらしい。

中国では「菊黄蟹肥」、つまり菊の花が咲く頃に最も肥って美味しくなると言われているそうで、毎年秋の上海蟹シーズンを心待ちにしているグルメ通も多いと聞く。

そんなに美味いなら食べてみたくなるのが人情。

なんでも、上海蟹はオスとメスとで味がまったく違うらしい。となると、雌雄両方食べたい。

だが、もし東京のレストランで食べ比べるとなると、お一人様約2万円。こりゃもう宝くじが当たるのを待つしかない。

と思いながら宝くじも買わずにぼーっとしていた時、「さあ、好きなだけお食べなさい」と言わんばかりの絶好のチャンスが訪れた。香港に引っ越すことになったのだ。

上海蟹のお側に移り住むことになったのだから、これはもう食べるしかない。

ある夏の日、カラッと乾燥したLAからジメッと蒸し暑い香港に引っ越したわたしは、「天高く馬肥ゆる秋」ではなく「黄菊花開き上海蟹肥ゆる秋」を待ちわびた。

そうして訪れたお待ちかねの上海蟹シーズン。だが、いざレストラン(の前)に行ってみてびっくり! 香港では「大閘蟹」(ダイヂャッハイ)と呼ばれる上海蟹、なんと此の地でも高かかったのである。

懐具合と相談するとレストランで食べるという選択肢はない。

よーし、こうなれば自宅で調理して食べるべし!

早速街に繰り出すと、さすが香港。街市(ガイシ)と呼ばれる市場や街のスーパーで活きた上海蟹が売られている。なんと道端でも売られている!

だが、初回は冒険せずにおとなしくスーパーで入手。

我が家の近所のスーパーでは魚売り場付近に特設の冷蔵庫がドーンと設置され、「大閘蟹」という札がかけられていた。扉にはしっかりと鍵がかけられ、専属の売り子さんが冷蔵庫の横で折りたたみ式のパイプ椅子にちょこんと座ってスタンバっている。

日本ではチュウゴクモクズガニと呼ばれる上海蟹が、一匹ずつがんじがらめに縄で縛られ、産地と大きさ(重量)、オスメスで分けられて、冷蔵庫の中で整然と並んでいる。

その様子は拘束着を着せられた囚人が、脱獄不可能な冷たい牢獄に閉じ込められているかのよう。

牢屋番であるおばさんの話では、メスは10月頃が旬、オスは11月頃が旬らしい。

ちょっぴりロアルド・ダールの『オ・ヤサシ巨人 BFG』のオ・ヤサシくない巨人の気分になりつつ、その大閘蟹のオス・メス両方を買うことにする。

牢屋番のおばさんが腰から長い紐の付いた鍵を取り出し、「牢屋」を開けてこちらが指定した比較的控えめなお値段の(つまり少々小ぶりな)メスを2匹とオスを1匹、袋に詰める。黒酢と黒砂糖と生姜と何かの葉っぱという大閘蟹オマケセットも一緒だ。

おばさんと身振り手振りで会話してなんとなくわかったのは、謎の葉っぱは蟹を蒸すときに使うもので、黒砂糖は黒酢に溶かし、そこに生姜を入れてカニをチョイチョイと浸けて食べる、ということ(多分)。

買ったカニを小脇に抱えていそいそと家に帰り、早速インターネットでこの理解が正しいかを確認する。ついでに詳しい蒸し方も調べる。

インターネット様がおっしゃる通りにカニを綺麗に洗って行水させ、その生死を確認する。

「よし。3匹とも泡を吹いて生きているぞ」

がんじがらめのままのカニの腹を上にして、蒸気が上がった蒸し器に並べる。そして蒸すこと約15分。

蒸しあがった上海蟹がこちらだ。

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甲羅には上海蟹の特徴である怒った牛の顔が浮き出ている。

なんでも、蟹は「陰」の食べ物で身体を冷やす、だから身体を温める「陽」の食べ物の生姜と一緒に食べるのが良いんだそう。

黒酢と針生姜を用意し、蒸しあがった上海蟹に貪りつく。

まずはメス。

上海蟹はカニの身よりもカニみそと子が美味いらしい。細っこい小さな足から身を掻き出すのは後回しにして、まずはカニミソを堪能。

牛印の甲羅をぱかっと取り外し、中のカニミソを丁寧に一箇所に集める。そしてそのまま小さく一口。

いやはや、これは日本で食べ親しんだカニとは全くの別物!

確かにカニミソ、カニの卵子なのだが、黄色い卵子は油分を含み、えもいわれぬみっちりした食感。濃厚な味と香りが口中と鼻腔に広がり、自分の鼻息まで美味い。

黒酢を一滴垂らして食べると、その柔らかい甘味のある酸味が良く合い、最初の一口を黒酢なしで食べたことすら後悔するほど。

しかし残念なことに、その至福の蟹みそも3口で終了。ケチって小さいカニを買ったのが悔やまれる。

もっと食べたい!

自宅で食べているのだから、こうなりゃ行儀など気にせず甲羅をベロベロ舐めるしかない。そして自分の鼻息を再び堪能するのだ。

その後、オスに手を伸ばす。

メスとは全く味が違うと聞いていたが、まさにその通り!

うっすら半透明の白子はなんとも言えないねっとり感。これまで食べたことのある何にも似ていないのに、カニであることは間違いがない。この食感! この香り! この濃厚な味!

「カニはメスに限る!」なんて浅はかなことを考え、オスは「味を比べるため」と1匹しか買わなかったことを激しく後悔する。いますぐスーパーに走って戻り、一番大きい牢名主的なヤツを1匹「脱獄」させたい! だがもうスーパーは閉まっている! くぅーっ!

目の前に残るのは、綺麗にペロペロなめられた牛印の甲羅が3つとガニ(エラ)などの食べられない部分の残骸。そしてまだ身が詰まっている上海蟹の爪と脚。

チマチマと身をかき出しながら、「ああ、もう一度あのミソが食べたい、黄色いみっちりした卵や白く半透明のねっちりした白子が食べたい!」と鼻息を出しては残り香を味わったのであった。

上海蟹のオス・メスの見分け方、下処理方法と蒸し方こちらから

Top Photo by Darrell Cassell on Unsplash

Sooim KIM 

面白い映画、演劇、ドラマを求めてあちこちをさまよいつつ、美味しいものを食べ、好奇心にまかせていろいろ作る。

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