愛用している無印良品の白磁の小皿が欠けた。

犯人は相棒で、ステンレスの水切りかごの食器を片付けていたときに見当をあやまり、角っこに思いっきりゴツンとぶつけたらしい。
相棒は台所でしょんぼりと皿を見つめて立っていたが、割れた皿が無印良品の定番の小皿で1枚200円と知るや否や安堵の表情を浮かべていた。
「こんど無印に寄って1枚買っとくわ」
だが、ギザギザに欠けた皿を見たわたしは相棒の申し出にすぐさま待ったをかけた。
「新しいのなんていらんいらん(関西人なので必ず2回言う)。これ、金継ぎで直せるし」
絶好の練習台ができたと喜ぶわたしに相棒は「またそんな面倒なことを」という視線を投げてよこす。だがそんな視線も「割った人が文句あんの?」という視線で跳ね返し、これも錫で仕上げようか、それとも色漆で仕上げようかと早速頭の中で計画を練り始めた。
ひびに漆を入れる
欠けた部分をよく観察して見るとかなりギザギザで、ひびが3本も入っている。
よほど思いっきりぶつけたらしい。
かけらは粉々になってシンクに流れてしまったのかどこにも見当たらないので、大きな欠けとひびを埋めることになる。

買い込んだ金継ぎのHow To本や、ありがたいウェブサイト「金継ぎ図書館 鳩屋」によると、ひびには生漆(あるいは希釈した生漆)を染み込ませて埋めるとある。
鳩屋式ではひびに沿って溝を切り、そこに漆を染み込ませていたのだが、本には溝を切らずに染み込ませるやり方が載っていた。そっちのほうが簡単そうなので、鳩にピシッと突っ込まれるかもと思いつつ「なーに、染み込みそうになければそのときは鳩屋式に溝を切れば良いのさ〜」とまずは本に載っている簡単そうなやり方を試してみることにした。なんせ200円の皿なのだ。
てことで、皿の表側(内側?)のひびに生漆を点でおいていく。

そしてそのまま30分ほど放置。
すると裏側に漆がしっかりしみてきて、うっすら茶色い線が3本姿を現した。

ここまでひびが入っていたとは全く気がつかなかった。
染み込まずに表面に余った漆を拭い、染み込んだ漆が乾くまで放置する。今回は3週間ほど放置した。
欠けをパテで埋める
それから欠けている部分を漆と小麦粉と木粉を混ぜて作ったパテで埋める。

あまり盛りすぎると中まで乾かないので、厚みは足りてないがこれでよし。
これをさらに3週間かけて乾かす。
乾かすときには特製の「室(ムロ)」の中に入れるのだが、なんのことはない、段ボール箱の中に大きなゴミ袋を敷いてテープで留め、濡らしたペーパータオルを底に敷いただけ。いわば器専用の室温サウナのようなものだ。
漆は湿度がないとなかなか乾かないそうなので、好きなだけジメジメしていただけるよう時々ペーパータオルの乾き具合をチェックしつつパテが乾くのを待つ。
そうこうして3週間ほどするとパテがかちんかちんになっていた。
はみ出たパテや変な具合に盛り上がったパテを彫刻刀で綺麗に削って次の工程に進む準備を整える。
ペーストを塗って表面を整える
パテでしっかり大きな欠けを埋めたところに漆と砥の粉を混ぜて作ったペーストを塗るのだが、これは表面を滑らかに仕上げるためだそう。ところがこの「錆漆」と呼ばれているペーストがなかなか厄介なのだ。少々つかみどころのない軽くて柔らかくてふわっとしたテクスチャーなので、綺麗に塗るのがとても難しい。
綺麗に塗ろうと触れば触るほど汚くなるという悪循環。
「どうせ乾いたら削って研ぐのだからまあいいや」という諦めの境地に達するまでにずいぶん時間がかかってしまった。
結局は急がば回れで、綺麗に仕上げるためには薄く塗っては乾かして研ぎ、また薄く塗っては乾かして研ぐという地道な作業を何度も何度も、それこそ1、2週間かけてやるのが良いようだ。
あー、面倒くさい。(でも実は楽しい。)

そんな地道な作業をしているうちに、この皿の欠けとひびの形がなんだか雨雲と雨に見えてきた。
しかもただの雨ではなく、土砂降りの強い雨。
ということで、この皿は少し黄味がかった「浅黄色」の漆で仕上げることにした。

これを表面が滑らかになって、下塗りの漆を塗って乾かして研ぎ終えたところに細い筆を使ってドキドキしながら薄く塗る。

なんだか思ったよりも青い。
しかもあちこちはみ出ているし……
でもなんといっても200円のお皿。はみ出ても気楽なもんだ。
乾いてからちょいちょいと彫刻刀で削って、それでも綺麗にならなければ研いでもう一度塗り直せば良い。
てことで、最初に塗った浅黄色の漆は少し研いでもう一度塗り直した。
乾いてみると、鮮やかだった青色はぐっと落ち着いた色に変化。



結局全部でたっぷり3ヶ月近くかかったが、「雨雲、無印良品の白磁の小皿に土砂降りの雨を降らすの図」がなんとか出来上がったのである。

この皿に200円以上の価値があることは言うまでもない。
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